教員のつぶやき

2012年1月31日 (火)

ゼミOG浅野翠里さんが結婚されました

1月21日、ゼミ7期生(2006年度卒)の浅野翠里さんが、大学時代からの彼とめでたく結婚しました。  
Dscn4415 Dscn4424 Dscn4450 京都洛北の北山モノリスで挙式。式には浅野さんと同級の東くんと戸高さん、そして乾が参列。

披露宴後に同じ会場で行われた祝賀パーティでは、7期生がたくさん参加し、みんなで浅野さんをお祝いしました。
つい最近長男が生まれた阪脇くんやもうすぐ結婚予定の(たぶん)○○くんもくわえて、ときならぬ同窓会ともなって、めでたくもたのしいひと時を過ごすことができました。 

Dscn4485 Dscn4487   
こんなとき、教員をやっててよかったとしみじみ思います。

このブログで結婚を知った人は、ぜひ浅野さんに「おめでとう」と言ってあげてください。

| | コメント (0)

2012年1月 3日 (火)

川合君・板垣さん、おめでとう!

12月29日、ゼミOBOGの川合君と板垣さんの結婚を祝う忘年会がありました。   

Dscn4153 Dscn4155 Dscn4178 Dscn4179 川合君と板垣さんは、ともに’97年’98年に乾ゼミ清水班でがんばったゼミ2期生。じつは’95年に私(乾)が立命館に赴任したときに受け持った1回生基礎演習からずっと同じクラスですから、あしかけ16年来の友人どうしです(ちなみに、そのとき、クラスのエンターとして1回生の世話をしてくれていたのが当時3回生の大森さんと、ゼミ1期生の岸本くん)。

もっとも、川合君のこの日の打ち明け話によれば、板垣さんを意識いたのはゼミで一緒になってからとのことだそうで、卒業式のすぐあと、いちど告って玉砕したことがあったとのこと。たしかにゼミでは、二人で協力して、清水学区の安心・安全まちづくりに熱心に取り組んでいましたが…熱心すぎてケンカすることもしばしばだったし…その手のことに鈍感な当時の小生は、川合君が板垣さんに恋心を抱いているなんてことはぜんぜん気がついていませんでした。 その川合君の男の純情に応えた板垣さんの 「いろいろあったけど、自分の気持ちを<断捨離>したときに、最後に残ったのが川合君だった」…というセリフもまた素敵です。

…卒業から13年、それぞれの道を歩いてきた二人が再び寄り添って一つの道を歩き始めることになったわけです。…最初にこの話を聞いた時には「予想外」のことに驚き、そしてそのあとすぐに、二人がそのように決めたことがとても自然なことのように思え、しみじみとしたうれしさがこみあげてきました。ゼミ活動のなかで知り合い通じ合った気持ちが、長い時間をかけて熟成されこうやって実を結んだと思うとゼミ教員として感無量の想いがあります。…二人ともほんとうにおめでとう。

Dscn4186 話し合って事実婚を選択した二人の、派手なお披露目は避けたいという希望で、この日も祝賀会ではなく「忘年会」。参加者も、二人との縁が深い0期生の日下・大森夫妻以外は、ゼミで同期の田井くん、浅田くん、広瀬くん、種村さんと、これも今年結婚したばかり新婚ほやほやでおめでたい高畑くん夫妻。それに私たち夫婦だけ。高畑夫妻は、東京から大阪の実家に里帰り途中に実家に帰らないまま参加。広瀬君はこのためだけに熊本から駆けつけてくれました。 この日は二人のお祝いであると同時に懐かしい仲間が集まる同窓会でもあったわけです。…思えば、とても仲の良いクラスだったし、僕もその頃は彼らと一緒によく遊んだものでした。それやこれやでいろいろと感慨深い暮れの一日でした。

| | コメント (0)

2010年5月29日 (土)

地域がしっかりしていてよかった、と思える地域をめざして

つい最近京都で、二ヶ所つづけて、「わがまち」の情報を発信するパンフレットや冊子が発刊されました。  

ひとつが西京区の松尾学区。嵐山から桂川を少し下ったところ、松尾橋の南側あたり。昔からの農村部が住宅地化し昭和40年代以降人口が急増した郊外地区です。
その松尾学区の自治連合会が、地域に住む住民のひとたちに、「わがまち」のことをもっと知ってもらいたいという願いをこめて、「安心・安全のまち 松尾」というパンフレットを作製し、全戸に配布しました。
松尾学区で取り組まれている子育て支援や高齢者の見守り活動、防災活動やふれあい活動の紹介と、そうした活動を支える地域組織の紹介が、わかりやすくイラスト入りで解説されていて、見た人がすなおに「へぇ、松尾学区ってこんなにいろいろな活動があるんやぁ…安心して暮らせるまちなんやぁ」と感じることができそうなパンフレットです。

Matuo01_4Matuo02_3

もうひとつの事例は、マンション建設で最近新しい居住者がふえた都心部に位置する城巽学区で発行された「わがまち城巽」という冊子。
こちらは、学区を構成する各町ごとに、地名の由来や歴史、昔の思い出話などのわがまち自慢を紹介したうえで、城巽学区全体について、地域の歴史や自治連合会組織について丁寧に解説されていて読み応えがある本格的な冊子で、これも学区全戸に配布されています。
「町」「学区」「自治連合会」の歴史や「昔のおつきあい」などに関する記事もあり、地域の人が読んで面白いだけでなく、地域コミュニティや京都の自治組織の成り立ちに関心のある学生や研究者が読んでも面白い、すばらしい出来映えです。

Johson01_3Johson02_2 Johson03_2

どちらも、あたらしく地域に越してこられた住民の方にも「わがまち」のことを知ったもらい、「わがまち」に愛着を持って暮らしてほしいという想いをつたえるために作製され、全戸に配布されたものです。

このように、地域コミュニティの要である自治連合会が、新しい住民の方も含め、地域住民みんなに、「開かれた地域組織、地域活動」のようすを、目に見える形とわかりやすいメッセージで伝える活動が、いま多くの地域組織に求められているように思います。

参考のために京都以外の事例として、「地域の者は地域でまもる、地域のことは地域で決める」を合い言葉に40年余にわたり住民自治のまちづくりに取り組んでいる真野地区の新しい動きを紹介します。  

神戸市長田区の真野地区は、昔からの長屋と町工場がひしめく下町で、40年前に始まったまちづくりの大きな課題は「居住環境改善」(衛生・公害問題・緑化・福祉・住環境の改善)でした。その課題に取り組むため、1980年に「将来構想」をつくり、地域内の全自治会や各種団体、事業者などで構成される真野地区まちづくり推進会(まちづくり協議会)が中心となって、長い時間をかけ、地域コミュニティの力で、住みやすいまちづくりに取り組んでいます(「真野まちづくり」は全国的に有名で、ウェブや文献で多く紹介されています。詳しくはそちらをみてください)。 

真野地区では、長い間、若い世代の地区外流出に悩んでいましたが、近年、地下鉄湾岸線の開通や周辺での生活利便施設建設(イオン)などが進むなかで、地域内に建売住宅が建設され、若い世代が転入してくるようになってきました。
そのような若い子育て世代に真野のことを知ってもらい、地域活動になじんでもらうため、2年前、子育てに役立ちそうな真野の各種団体の活動と年間行 事、役立ち施設などをまとめて紹介するチラシ「真野っこナビ」を作製して全戸に配布することにしました。

ここまでは上記の京都の二事例と同じなのですが、真野ではさらに、ここ2〜3年間に転入してきた世帯に、各町自治会を通して声をかけ、「ウェルカムイベント・ようこそ真野へ」と銘打って、新しい住民の方たちとの交流会を行なっています。

地域の諸団体のリーダー達が「わがまち真野」の紹介を行い、地域活動のことを知ってもらうとともに、お互いに顔なじみになろうという企画で、昨年で二度目になります。

 *08年、09年昨の「真野へようこそ」の記事は下記参照↓

http://inuisemi.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_77bf.html

http://inuisemi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-b038.html

なお…この交流会に参加した子育て真っ最中の新住民のMさん(30代)は、その後さっそく真野同志会という地域団体とPTA活動に誘われ、鮮烈の地域デビューを果たし、この4月には小学校のPTA会長に就任しました。

01_30203

…じつは、地域に転入してくる方たちも(全員ではないにしろ)、真野のMさんのように、「地域の中で安心して暮らしたい、そのためには地域の皆さんときちんと交流し、自分の出来ることはしよう」と思っている人も多いはずです。 ここで紹介した松尾学区のパンフレット、城巽学区の冊子、真野のチラシや呼びかけイベントは、そのような想いを持つ人に直接、「ようこそ」という地域からのメッセージを伝えるうえで効果的手法だと思います。

各冊子についての問い合わせは…個人連絡先を掲載するのは避けたいので…

「安心・安全のまち松尾」は西京区役所まちづくり推進課、「わがまち城巽」は中京区まちづくり推進課に尋ねてみてください

「真野っこナビ」は真野まちづくり推進会か乾まで

| | コメント (3)

2010年4月26日 (月)

たてつづけに…卒業生話題

卒業記事に続いて卒業生記事第二弾として二つの話題を紹介します
まずはひとつめ…
4月10日(土)、2年前に卒業していったゼミ8期のOB・OG同窓会が京都でありました。
社会人になって2年が経ち3年目の彼等・彼女等…忙しい合間を縫って(?笑)13名も参加…そういえば学生の頃から仲のいいゼミでした。いまもよく集まっているそうです。
たのしくてなつかしくてとてもいい会でした。
参加できなかったみんなのために集合写真をアップしておきます。
P12104812 P1210464





もうひとつの卒業生話題…
4 昨年度、「でまち倶楽部+同志社大学大学院:田中+乾ゼミ出町班4回生:中村・角谷」で大学コンソーシアム京都の活動支援事業「学まちコラボ」に応募し、補助金をもらって<フリーペーパーでまちまで4号>を発刊しています。
4月16日、コンソーシアム京都のホールでその成果発表会があり、編集長として<でまちまで4>をまとめた中村周くんと地元の楠田さんが成果報告をしました…というとどってことないのですが…じつは中村君は今年3月に大学を卒業し就職していますから、この日はわざわざ休みをとって三重の松坂から駆けつけてくれたわけです。中村君ごくろうさま。
02 01

| | コメント (0)

2010年1月 1日 (金)

あ はっぴぃ 新年!

Dsc_2626 あけましておめでとうございます  
順風満帆…とはいいがたい荒波のなかの新年ですが、だからこそお互いに支えあいながらボチボチがんばりましょう  

今年もゼミ生ともどもよろしくお願いします

| | コメント (0)

2009年12月 4日 (金)

「こまちや」ができました…オープンハウスのお知らせ

Dsc_1272 以前このブログでもお知らせしましたが、

この1年間、企画研究という実習科目の学生たち(といっても半数以上は乾ゼミ生ですが)と一緒に、京都のまちなかの長屋の一区画を、学生向けのシェアハウス型町家に改装する計画に関わってきました。
http://machiya-kikakukenkyu.cocolog-nifty.com/blog/
http://inuisemi.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-cc62.html
その町家が完成したので、企画概要報告を兼ねての見学会のお知らせです。


この企画は、「せっかく大学で京都に住むのなら、もっと京都を知ってもらいたい、町家の魅力やまちなかでの暮らしを学んでもらいたい。町家を改装して学生用賃貸住宅にできないだろうか」という、山中油店常務の浅原さんの想いを受けて始まりました。

その想いを受け、山中油店所有の築100年の長屋(これ自体文化財ものです!)を、間取りは賃貸住宅として大胆にアレンジしながら、仕上げはベンガラ塗りや柿渋塗り、土壁など伝統工法を用いて再生、格子戸や出格子からの柔らかい光、縁側、裏庭など、「町家にすむ」暮らしが満喫できる住まいを構想しました。

学生用賃貸としては広すぎるので、1区画を3人共同で賃貸するシェアハウスですが、単に家賃を安く上げるための「共同」ではなく、茶の間や庭などの共用空間や設備を充実させ、「ともにすむ」暮らしを楽しんでもらいたいと考えています。

町家に住むということは、「まちなかにすむ」(地域に住む)ということでもあります。
近年、学生の住居のほとんどは、地域と無縁の(地域にとっては、誰が住んでいるかわからず不安な、ときとして騒音やゴミ出しなどの問題で迷惑ですらある)ワンルームマンションですが、今回提案する町家では、入居する学生は隣近所と無縁ではありえません。

格子戸をあければ同じ長屋のご近所さんと顔を合わせることになります。さらに、せっかく京都で暮らすんだから、積極的に近所付き合いもしてもらおうと言うことで、入居する学生さんには町内会加入を
要請することにしました。
お年寄りばかりの地域に突然学生が紛れ込む訳ですから、楽しみな反面いろいろと大変なこともあるかもしれません。でも、そのお世話は、近所にある山中油店さんがしてくれることになっています。
 
昔からの京都のまちなかという立地と町家らしい豊かな共有空間を活かして、入居者どうしが「ともにすむ」、近所の方との関係の中で「まちなかにすむ」、そんな楽しさに満ちた「まちいえ(町家)」になってほしいという願いをこめて、この町家を<コレクティブ京町家「こまちや」>と名付けました。(「こまちや」は、「ともに(co)」すむ「co-町家」であり、また、女子学生専用にちなんで「小町たちの家」という意味でもあります。) 

その「こまちや」がようやく竣工し、いよいよお披露目の日を迎えます。ぜひ見に来てください。

なお、この企画に込めた想いを住み手に伝えるため、学生たちが「(仮称)こまちやの住み方」というマニュアル冊子を作成中です。これもお披露目の日には間に合うはず乞う!ご期待

以下に案内状を転載します。(地図はクリックしたら大きくなります)


    コレクティブ京町家「こまちや」内覧会のご案内

各位

この度、コレクティブ京町家「こまちや」が完成いたしました。

築100年の長屋の一角、町家の風情を残しつつ、京都の大学に通う学生さん達に楽しく住んでもらえるように改修いたしました。町家の保存、学生さんと地住民の交流による地域活性化など、いろいろな面での効果が期待できます。

今回のプロジェクトには、立命館大学産業社会学部の乾教授と同学部科目「企画研究」の学生さん、ならびに田原工務店様にご協力をいただき「現代の若者に最も心地よく住んでもらえる京町家」の完成を目指しました。

つきましては、関係各位にご覧いただきたく、下記の日程で内覧会を開催いたしたいと存じます。多数のご来場をおまちしております。

                 平成21年12月3日

                 (株)山中油店 常務 浅原 孝

                記

○期日:平成21年12月17日(木)~20日(日)  13時~17時

○場所:京都市上京区東神明町296番地6(千本新出水東入る)

*どなたでもご覧いただけます。(もちろん無料)

*問い合わせ:山中油店 常務 浅原 075-841-8537/asatak@yoil.co.jp
Photo

| | コメント (2)

2009年10月29日 (木)

第1回長岡京竹あそび

091010_002 091010_106 だいぶ報告が遅れました…かつ、ゼミではなく乾だけが関わっているNPO「長岡京市民活動サポートセンタ」がらみの記事です。
以前このブログでもちょっと紹介したことがありますが↓  
http://inuisemi.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-7127.html
長岡京の市民活動交流会「竹でつなぐ、竹でつながるまちづくり」から生まれた「竹パブ」で、竹に関わる市民活動に取り組む連中がワイワイ夢を語る中でうまれたイベント「長岡京竹あそび」の第1回が10月10日(土)、長岡天満宮の境内と長岡公園を使って開催されました。 
当日は昼間は竹細工の会などが子どもといっしょに竹とんぼづくりやエコ蝋燭づくりを楽しみ、夕方からは、園内に配された竹灯籠に蝋燭をともし、幽玄の美を楽しみながら、二カ所の会場で歌曲や竹太鼓の演奏に酔いしれました。
好天に恵まれたこともあり、多くの市民が訪れにぎわっていました。

091010_143 091010_153_2 091010_176_2 091010_174_3 091010_185 091010_197   

イベントそのものの魅力もさることながら…このイベントは、行政が関わらず(後半、手伝ってはくれましたが)、長岡京市を中心に活動する16もの団体が参加し、市民発意・市民協働でここまでのことをやったという意味で、おおきな意味があると思っています。

091010_045 091010_024 091010_042 091010_007 091010_120 091010_134

| | コメント (0)

2009年10月12日 (月)

閑話休題…鉄人28号@新長田

今日、10月11日、真野で「ようこそ真野へ」というワークショップを終えたのち(「ようこそ真野へ」については、近日中に真野班がここに書き込むはずですので、乞うご期待!)、時間があったので、新長田の若松公園に出現した高さ18Mの「鉄人28号」を見に行ってきました。   

P1180897 P1180898 P1180947 ゼミ活動とはな~んも関係ありません…まあ、地域活性化事例なので「まちづくりゼミ」とは無縁ではないでしょうが…でも、「まちづくり」事例の見学に行った訳ではありません。純粋に実物大の「鉄人28号」を見に行っただけです。
P1180922 P1180942 僕ら世代にとっては、「鉄人28号」はアニメのヒーローではなく、漫画の主人公です。子供の頃、毎月発刊される「少年」という漫画雑誌で、手塚治虫の鉄腕アトムと人気を二分していた人気漫画で作者は横山光輝…その「鉄人28号」が建造中というニュースを聞いたときから、出来上がったらみてみたい、と密かにこころに決めてはいたのですが…こんなに早めに行くことになるとは、自分でも思ってもいませんでした(笑)。   

なんども言いますが、ゼミとは無関係です。でも、一緒に帰りかけた真野班の学生が「ブログにアップしてくださいね」と言ってくれたのを幸いに、画像をのせてしまいます…みんな、ブログを私物化してごめんm(_ _)m

まあいちおう、地下鉄駅の広告とか商店街の宣伝とか鉄人のまわりに群がる見物客の多さとか、「地域活性化」の様子がわかる画像をとりいれて、「まちづくりゼミ」ブログ風にはまとめておきました(笑)

| | コメント (0)

2009年9月 6日 (日)

嵐山・さくらトイレ ベンチ入れ替え式

有栖川の川開きと同じ日の午後、梅津から桂川をちょっと遡ったご近所で、もうひとつイベントがありました。

嵐山さくらトイレ…「嵐便ワークショップ」に参加した96年当時のゼミ生のとっては懐かしい名前ですよね。でも、知らない人のために説明を加えながら記事を書いていきます。

090905_004 090905_091 090905_097_2 天下の景勝地、嵐山の中ノ島に「さくらトイレ」という京都市の公衆便所があります。
97年に完成したほんまに小さなトイレですが、つくりはちょっと変わっていて、女性用は中庭つきで少し広め、それに対して男性用は、障害者さんや子どもも兼用で、手すりやベビーベッドつきの「ファミリートイレ」。トイレの敷地内には川面を眺められる小さな広場も設けられています。

090905_015 090905_022 090905_024_2 そのトイレ付属のベンチが傷んでしまったので、京都嵐山ライオンズクラブさんの寄贈で新しい北山杉のベンチに入れ替えようということになり、地元の方や市職員、そして私を含めた関係者が集って、ベンチの贈呈・設置式が行われたわけですが…そんな小さな施設のこじんまりしたイベントをここで報告するには、わけがあります。

このトイレは96年に、京都市ではじめて、住民参加のワークショップで、地域の想いを受け止めてつくられたもので、当時、「難攻不落の御池城」と呼ばれるほど市民参加とは無関係だった京都市役所が、市民参加・パートナーシップに大きく舵をとりはじめるきっかけとなった記念碑的事業なのです。(第3セクターの事業まで含めると、このトイレづくりの前に、「梅小路公園わんぱく広場づくり」がワークショップで取り組まれています)。

96年当時は、世田谷あたりでワークショップ方式を活用して住民参加による公園づくりや公共施設づくりが盛んに取り組まれていた、いわばわが国で「市民参加」が広がり始めていた時期です。

そんな時代の流れの中、若手の市職員たちのなかに「市民に喜ばれる仕事がしたい」「そのためには、市民の声をきき、一緒に考えていくことが必要だ」という想いを抱く人たちが現れはじめていました。

そんな折、嵐山の公衆便所の建替え計画が始まります。のちに「七人の侍」と呼ばれるようになる7名の若手・中堅市職員が、地元の自治連合会長や嵐山保勝会(観光関係の店の連合会)会長など地域の方々を訪ね、「この建替の計画づくりを、地元の方と一緒に考えたい」とお願いしたところ、地元も大賛成。
最初のワークショップで地域の方が語った「これまで市は地元が何を言っても聞く耳を持たなかったが、今度はちがう」「黒い雲がはれて陽が射してきたみたいな気持ちや」という言葉に、当時の高揚感がうかがえます。

当時、京都でも市民参加の計画づくりを根付かせたいと思っていた建築技術者やまちづくりコンサルタントの仲間たちも、志ある市職員と一緒にワークショップの企画・運営に取り組みました。私と乾ゼミのゼミ生たちもそのなかの一員としてがんばっていた(楽しんでいた…笑)わけです。  

こうして、市行政と地元との協働、市職員と外部応援団との協働のもと、当事者である地元の人・使う人の想いが活かされた素敵な公衆便所が完成し、「嵐山さくらトイレ」と名づけられました。
そして、このワークショップに(仕事ではなくボランティアとして)関わり「住民はこわくない」「参加の取り組みはおもしろい」ということを学んだ多くの市職員たちが、その後、さまざまな仕事の中で市民参加に取り組んでいくことになる…というのが「嵐山さくらトイレ物語」の粗筋ですが…もっと詳しくお知りになりたい方は拙著「都市計画から参加のまちづくりへ」(「新・人間性の危機と再生」飯田哲也他編著・法律文化社・2001年、第6章)をご参照ください。  

とまあ、このような経緯でうまれた「さくらトイレ」のベンチが傷んでいるからなんとかしたい、という想いを持った有志が、地元とライオンズクラブに働きかけ、京都らしい北山杉のベンチを原価で作ってくれるところを探し、5日の贈呈・設置式の日を迎えたという次第です。

090905_046 090905_055 090905_096 ですから当日はもう同窓会。7人の侍と呼ばれた市職員はもちろん、ここで多くのことを学んだ職員たちや私たち外部応援団、当時のゼミ生たちが集りました。当時中心になってがんばって頂いた地元の方も参加していただけました。

そのなかで、私が参加について考えさせられた場面を二つ紹介します。

090905_079_2 ひとつは、当時地元で中心となって動いたIさんの挨拶。当時の思い出を語りながら「この事業で地元が動いたことで、組織がかわり、今の嵐山の活動がある」という話をしはりました。

じつは「さくらトイレワークショップ」は、地元発意ではなく市から持ちかけた事業ですから、今の視点で言えば、市政や市職員の意識の転換点になったという点は大きく評価できるにしろ、地域の自立的活動(地域自治・地域運営)という観点からは不十分なところもあります。

とはいえ、市が一方的に進めた事業ではなく、地域の方も参加して共に進めることによって、そのプロセスの中で(市職員側だけでなく)地域の方も、意識や態度が変わり、組織のあり方もすこしづつ変容していった、ということは当時も感じていたことではありますが、そのことを当事者のIさんが自身の言葉で語られたことで、参加や協働の意味(プロセスの力)を再認識することができました。  

もうひとつは、さくらトイレワークショップの立役者だった(事業担当部署職員でもあった)市職員のK氏の挨拶。
当時、事業説明のための現地説明会で、柄杓と物差しをガムテープでつないだものを地元の方々に示しながら「これまでの市政はコレでした。杓子定規でした」「今回はコレを捨てます」と言って、杓子定規を投げ捨てるパフォーマンスで笑いと信頼を勝ち得た伝説の市職員であるK氏でしたが、はたして今回の挨拶でもガムテープでとめた三角定規と柄杓を手に持っての登場です。

K氏は持ち前の飄々とした雰囲気で「13年前、このさくらトイレから京都市の参加の流れがはじまったのですが…いまや参加が形式化し、○○をやればそれでよし、とする風潮もあります。わたしたちはもう一度、参画の杓子定規(三角の杓子定規)を捨てないとあかん」と言いつつ、手に持った杓子定規を放り投げすて、今回も笑いの渦を巻き起こしました。

090905_035 090905_038 090905_041

京都市では(たぶん他所の自治体でも)市政のなかで「参加」は当たり前になったように見えながら、そのじつ一番大切な「なぜ参加に取り組むのか」「自分たちはなんのために仕事をしているのか」という想い(スタンス)の部分は希薄になりつつあるように思います。

この10年間余、地域組織や市民組織は大きく(いい方向に)転換しつつあるのに対して、市政はそこにどう向き合うのか。制度化の問題も大切だけど、それを活かすためにも市政を担う市職員一人ひとりが、自分の立位置や想いを再度見直すことも必要なのでは…と、K氏は笑いに満ちたパフォーマンスで語りかけた訳です。さすがです。脱帽です(笑)。  

| | コメント (0)

2009年9月 4日 (金)

「コレクティブ京町家 こまちや」ブログ立ち上げました!

数日前のブログで久しぶりにお伝えしたコレクティブ町家のプロジェクトがいよいよ着工したのを機に、学生たちがブログを立ち上げましたので紹介します(右にリンクを張ってます)。
http://machiya-kikakukenkyu.cocolog-nifty.com/blog/ 
以下に、ブログに掲載されているプロフィールの挨拶文を転載しておきます。覗いてあげてください。

私達は立命館大学産業社会学部の学生です。

 今大学の「企画研究」という科目のフィールドワーク(担当:乾先生)で、京都の老舗、山中油店さんが構想している、長屋の一区画(現在はガレージ)を改造して学生向けのシェアハウス型賃貸町家をつくるプロジェクトの企画に関わらせていただいてます。

 学生の下宿といえばマンションでひとり暮らしが一般的です。しかし、「せっかく京都で学ぶのなら、町家に住んで身体とこころでも学ぶことができたらおもしろそう!」そんな私達学生なりの素直な気持ちからスタートした企画です。

私達が考えている企画は単なる「安く住むための手段としてのシェアハウス」ではなく、昔からの京都のまちなかという立地と町家らしい豊かな共有空間や庭を活かした、「ともに暮らす楽しさ」と「まちなか(地域)で暮らすおもしろさ」に満ちたコレクティブ町家。

 北欧には「コレクティブハウス」という暮らし方があるが京都ではこの「コレクティブ町家」を生み出そうではないか。そういった考えから私達は「コレクティブ京町家 こまちや」とこのプロジェクトを名づけました。

(※コレクティブハウス=それぞれがプライベートの住戸は通常通り確保しながら、そのほかに「コモン」と呼ばれるみんなで使ういくつかの共有スペースを持ち、生活の一部を共同化する北欧生まれの暮らし方です。)

 私達は乾先生と一緒に、この企画の始めから関わらせていただき、これまで、需要調査(学生の負担できる家賃の範囲やシェアハウスに対する意識調査)や学生のデザイン志向調査に取り組み、そのデータをもとに設計作業にも関わってきました。
 約半年に及ぶ検討期間を経て、この8月24日いよいよ着工したのを機に、このブログを立ち上げました。

 学生の立場から、計画内容や計画についての思い、そして工事の様子などを不定期に紹介していくので楽しみにしておいてください。

「コレクティブ京町家 こまちや」の「こまちや」は「Co町家」(Co-Machiya)、つまり、ともに住む町家のことです。そしてもうひとつ…女性向け賃貸住宅ということで「小町」という意味もかけてあります。

そしてチーム名はCo-Machi。こちらは別に美人揃いのチームだからというわけではなく(笑)…「Co町家」を通して、まちのなかで(地域とともに)暮らす住まい方を提案できたら素敵だな、という想いをこめての命名です。

| | コメント (0)